キャンプ小説

③『静かな炎 〜無口な女子と騒がしい芸人の日本縦断キャンプ旅〜』東北・奥入瀬渓流編

つりきち

幼い頃に家族で毎年、夏休みに1週間キャンプ旅行をしていました。その頃の楽しかったことを思い出しキャンプを2021年 より再開。 月に2~3回ほど、デイキャンプ。 キャンプ、本について書いていきます。

③『静かな炎 〜無口な女子と騒がしい芸人の日本縦断キャンプ旅〜』東北・奥入瀬渓流編

## 東北・奥入瀬渓流編

支笏湖での思い出を胸に、紗季と野村は次の目的地である青森県の奥入瀬渓流へと向かった。札幌から青森へ飛行機で移動し、そこからレンタカーで奥入瀬渓流へ向かう道中、二人の間には以前よりも打ち解けた雰囲気が漂っていた。

「ねえ、紗季ちゃん。」野村が運転しながら話しかけた。「奥入瀬渓流って、日本を代表する渓谷美で有名なんだよ。楽しみだね!」

紗季は小さく頷いた。「はい...写真で見たことがあります。とてもきれいでした。」

野村は嬉しそうに笑った。「そうそう!実際に見るともっときれいだよ。それに、マイナスイオンがすごいんだって。心も体もリフレッシュできるはずだよ。」

紗季は静かに窓の外を眺めながら、奥入瀬渓流での時間に期待を膨らませていた。

約2時間のドライブの後、二人は奥入瀬渓流に到着した。車を降りた瞬間、清々しい空気が二人を包み込んだ。

「わぁ...」野村が深呼吸をした。「空気が違うね。マイナスイオンってこういうことか!」

紗季も静かに深呼吸をした。彼女の表情が少しずつ和らいでいくのが分かった。

二人はまず、奥入瀬渓流沿いの遊歩道を歩くことにした。緑豊かな森と清流の音が、都会の喧騒を忘れさせてくれた。

「ねえ、紗季ちゃん。」野村が静かに話しかけた。「一緒に『いーち、にー、さーん』って言いながら深呼吸してみない?」

紗季は少し戸惑ったが、小さく頷いた。

「よーし、じゃあいくよ。いーち...」

「にー...」紗季も小さな声で続けた。

「さーん!」

二人で大きく深呼吸をすると、思わず笑みがこぼれた。

「気持ちいいね。」野村が笑顔で言った。

紗季も珍しく笑顔を見せた。「はい...とても。」

遊歩道を歩きながら、野村は奥入瀬渓流の自然や歴史について熱心に説明した。紗季は黙って聞いていたが、時折質問をするようになっていた。

「野村さん、あの滝は何という名前ですか?」

「あれは銚子大滝だよ。奥入瀬渓流で一番大きな滝なんだ。」野村は嬉しそうに答えた。

二人は滝を眺めながらしばらく立ち止まった。轟音と共に落ちる水しぶきが、周囲の空気をより清々しいものにしていた。

歩き続けるうちに、野村が突然立ち止まった。

「ねえ、紗季ちゃん。ここで渓流でバーベキューしてみない?」

紗季は困惑した表情を浮かべた。彼女は自然保護の観点から、そういった行為に抵抗があった。

「あの...野村さん。」紗季は珍しく自分から意見を述べた。「ここでバーベキューをするのは...自然を傷つけてしまうかもしれません。」

野村は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに納得したように頷いた。

「そっか...そうだね。紗季ちゃんの言う通りだ。ごめん、ちょっと興奮しちゃって。」

紗季は安堵の表情を浮かべた。「いえ...大丈夫です。」

「じゃあ、代わりにハイキングでもする?」野村が提案した。

紗季は小さく頷いた。「はい...それがいいと思います。」

二人は遊歩道から少し外れて、森の中へと足を踏み入れた。野村は時折、木々や植物について説明を加えながら歩いていった。

「ねえ、紗季ちゃん。」野村が突然話しかけた。「君って、自然のことをよく知ってるんだね。」

紗季は少し照れくさそうに俯いた。「いえ...そんなに...」

「いやいや、さっきのバーベキューの件もそうだし、植物の名前もよく知ってるし。」野村は感心したように言った。「僕、ちょっと見直したよ。」

紗季は顔を赤らめた。彼女は褒められることに慣れていなかった。

「ありがとう...ございます。」紗季は小さな声で答えた。

二人はしばらく無言で歩き続けた。しかし、その沈黙は決して居心地の悪いものではなく、むしろ二人の間に静かな理解が生まれているようだった。

ハイキングの途中、野村が足を滑らせて転んでしまった。

「あっ!」

紗季は驚いて振り返り、すぐに野村に手を差し伸べた。

「大丈夫ですか?」

野村は紗季の手を取って立ち上がった。「ありがとう、紗季ちゃん。大丈夫だよ。ちょっと恥ずかしいけどね。」

紗季は心配そうに野村を見つめた。「怪我はありませんか?」

野村は笑顔で答えた。「大丈夫、大丈夫。紗季ちゃんが助けてくれたおかげで、なんともないよ。」

紗季は安心したように小さく頷いた。

ハイキングを終えて、二人はキャンプ場に戻ってきた。夕暮れ時で、周囲は徐々に暗くなりつつあった。

「さあ、テント張ろうか。」野村が言った。

二人で協力してテントを設営し始めた。支笏湖での経験もあり、作業はスムーズに進んだ。

「紗季ちゃん、本当に器用だね。」野村が感心した。「キャンプの経験、結構あるの?」

紗季は少し照れくさそうに答えた。「はい...一人でよく行くので。」

「へえ、すごいな。」野村は驚いた様子だった。「一人でキャンプって、勇気がいるよね。」

紗季は黙って頷いた。

テントの設営が終わると、二人は夕食の準備に取り掛かった。野村は持参したポータブルコンロで調理を始めた。

「今日は奥入瀬渓流の名物、ヤマメの塩焼きを作るよ。」野村が意気揚々と言った。

紗季は興味深そうに野村の料理を見守っていた。

夕食が出来上がると、二人はテントの前に座って食事を楽しんだ。周囲は完全に暗くなり、星空が広がっていた。

「わあ...」野村が感嘆の声を上げた。「こんなにきれいな星空、久しぶりに見たよ。」

紗季も静かに空を見上げた。「はい...とてもきれいです。」

食事を終えた後、二人は星空を眺めながらしばらく話をした。野村はいつもより落ち着いた様子で、紗季も少しずつ言葉を発するようになっていた。

「ねえ、紗季ちゃん。」野村が静かに話し始めた。「君と一緒にキャンプをして、いろんなことに気づかされるよ。」

紗季は少し驚いた表情を浮かべた。

「自然の中でゆっくり過ごすことの大切さとか、人と話さなくても心が通じ合えることとか...」野村は続けた。「君のおかげで、新しい自分を発見できた気がするんだ。」

紗季は黙って聞いていたが、心の中で野村の言葉に共感していた。彼女も、野村と一緒にいることで新しい発見があることに気づいていた。

「私も...」紗季が小さな声で話し始めた。「野村さんと一緒にいると、少しずつ自分を表現できるようになった気がします。」

野村は嬉しそうに笑った。「そう言ってもらえて嬉しいよ。これからもっといろんなことを一緒に発見していけたらいいな。」

紗季は小さく頷いた。

夜が更けてきたので、二人はテントに入ることにした。就寝準備を整えながら、野村が言った。

「ねえ、紗季ちゃん。明日は十和田湖に行ってみない?奥入瀬渓流の源流なんだよ。」

紗季は少し考えてから答えた。「はい...行ってみたいです。」

「よし、決まりだね!」野村は嬉しそうに言った。「きっと素晴らしい景色が見られるはずだよ。」

翌朝、二人は早起きして十和田湖に向かった。湖畔に到着すると、澄み切った青い湖面が二人を出迎えた。

「わあ...」野村が感嘆の声を上げた。「まるで鏡みたいだね。」

紗季も静かに頷いた。彼女も十和田湖の美しさに心を奪われていた。

二人は湖畔を散策しながら、ゆっくりと時間を過ごした。野村はいつものように様々な話をしたが、紗季も少しずつ自分の意見を述べるようになっていた。

昼頃、二人は湖を一望できる展望台に立っていた。

「ねえ、紗季ちゃん。」野村が静かに話しかけた。「この旅、楽しい?」

紗季は少し考えてから答えた。「はい...とても。野村さんのおかげで、新しい景色をたくさん見ることができました。」

野村は嬉しそうに笑った。「僕も楽しいよ。紗季ちゃんと一緒だと、いつもと違う角度で物事を見られる気がするんだ。」

二人は静かに微笑み合った。その瞬間、二人の間に特別な絆が生まれたような気がした。

奥入瀬渓流での時間は、紗季と野村にとって大きな転換点となった。二人は互いの長所を認め合い、補い合う関係になりつつあった。

キャンプ場に戻り、荷物をまとめながら、野村が言った。

「次はどこに行こうか。関東かな?」

紗季は少し考えてから答えた。「富士五湖...はどうでしょうか。」

野村は驚いた表情を浮かべた。「へえ、いいね!紗季ちゃんが提案してくれるなんて珍しい。」

紗季は少し照れくさそうに俯いた。

「よし、決まりだね!」野村は嬉しそうに言った。「富士山を見ながらのキャンプ、楽しみだな。」

二人は奥入瀬渓流での思い出を胸に、次の目的地である富士五湖へと向かう準備を始めた。この旅を通じて、紗季と野村の関係はさらに深まっていくことだろう。そして、彼らはまだ知らない自分自身の新たな一面を発見していくのかもしれない。

 

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