②『静かな炎 〜無口な女子と騒がしい芸人の日本縦断キャンプ旅〜』北海道・支笏湖畔編
## 北海道・支笏湖畔編
新幹線を乗り継ぎ、飛行機で札幌に到着した紗季と野村。空港からレンタカーを借り、支笏湖へと向かう道中、車窓から見える北海道の広大な景色に二人とも息を呑んだ。
「わぁ、すごい景色だね!」野村が興奮気味に叫んだ。「紗季ちゃん、見てる?北海道ってこんなに広いんだね!」
紗季は黙って頷いた。彼女も初めての北海道に心を躍らせていたが、それを表に出すことはなかった。
「ねえねえ、紗季ちゃん。支笏湖に着いたら、まず何をしたい?」野村が尋ねた。
紗季は少し考えてから、小さな声で答えた。「湖を...見たいです。」
「そうだね!まずは湖を見よう!」野村は嬉しそうに言った。「支笏湖は日本で3番目に深い湖なんだって。透明度も高くて、水がとってもきれいなんだ。」
紗季は静かに頷いた。彼女も事前に調べていたが、野村が知識を披露することを邪魔しないようにした。
約1時間半のドライブの後、二人は支笏湖に到着した。車から降りた瞬間、澄んだ空気が二人を包み込んだ。
「わぁ...」野村が息を呑んだ。
目の前に広がる支笏湖の景色は、想像以上に美しかった。透明度の高い湖面は空を映し、周囲の山々と相まって絶景を作り出していた。
紗季も思わず目を見開いた。彼女は無言のまま、しばらく湖を見つめていた。
「紗季ちゃん、どう?きれいだね。」野村が優しく声をかけた。
紗季は小さく頷いた。「はい...とても。」
二人はしばらく湖畔に立ち、景色を堪能した。野村はいつもの調子で様々な話をしたが、紗季はほとんど聞いていなかった。彼女の心は、目の前の美しい自然に奪われていた。
「よし、じゃあキャンプ場に向かおう!」野村の声で、紗季は我に返った。
二人は車に戻り、近くのキャンプ場へと向かった。キャンプ場に到着すると、さっそくテントの設営に取り掛かった。
「紗季ちゃん、テント張るの上手だね!」野村が感心した。
紗季は少し照れくさそうに頷いた。「一人でキャンプすることが多いので...」
「へぇ、そうなんだ。僕はいつも友達と一緒だから、あんまり上手じゃないんだよね。」野村は笑いながら言った。「でも、紗季ちゃんがいてくれて助かったよ。」
紗季は小さく微笑んだ。彼女は野村の率直な感謝の言葉に、少し心を動かされていた。
テントの設営が終わると、二人は夕食の準備に取り掛かった。野村は持参したポータブルコンロで調理を始めた。
「紗季ちゃん、僕の特製キャンプカレーを作るから楽しみにしていてね!」野村は意気揚々と言った。
紗季は黙って頷いた。彼女は野村の料理の腕前に少し興味を持っていた。
野村が調理をする間、紗季は静かに周囲を観察していた。キャンプ場には他にも数組のキャンパーがいて、それぞれが思い思いの時間を過ごしていた。家族連れ、カップル、友人同士...様々な人々がいる中で、紗季は自分と野村の奇妙な組み合わせを改めて意識した。
「できたよ!」野村の声で紗季は我に返った。
目の前には、香り高いカレーが盛られた皿が置かれていた。
「どうぞ、紗季ちゃん。遠慮しないで食べてね。」野村が優しく言った。
紗季は小さく「いただきます」と言って、スプーンを手に取った。一口食べると、予想以上に美味しくて思わず目を見開いた。
「どう?美味しい?」野村が期待に満ちた目で尋ねた。
紗季は頷いた。「はい...とても美味しいです。」
野村は嬉しそうに笑った。「よかった!実は、このレシピは僕のオリジナルなんだ。キャンプの度に少しずつ改良してきたんだよ。」
紗季は興味深そうに野村を見た。彼女は野村のキャンプに対する情熱を感じ取っていた。
夕食後、二人は湖畔に座って星空を眺めることにした。夜の支笏湖は、昼間とはまた違った美しさを見せていた。漆黒の湖面に星々が映り、まるで天と地がひとつになったかのような光景だった。
「わぁ...」野村が感嘆の声を上げた。「こんなにきれいな星空、見たことないよ。」
紗季も同意するように小さく頷いた。彼女も都会では見られないような満天の星空に魅了されていた。
しばらくの間、二人は無言で星空を眺めていた。野村はいつもおしゃべりだったが、この時ばかりは言葉を失っているようだった。
「ねえ、紗季ちゃん。」しばらくして、野村が静かに話し始めた。「君はどうしてキャンプが好きなの?」
紗季は少し驚いた表情を浮かべた。これまで野村がこんな風に彼女の考えを聞いてくることはなかったからだ。
少し考えてから、紗季は小さな声で答えた。「自然の中にいると...心が落ち着くんです。人と話すのは苦手だけど、自然となら...上手く付き合える気がして。」
野村は静かに頷いた。「そっか...。僕は逆だな。人と一緒にいるのが好きで、キャンプも友達と騒ぐのが楽しくて始めたんだ。でも、こうやって静かに自然を感じるのも...いいかもしれないね。」
紗季は驚いて野村を見た。彼女は初めて、野村の新しい一面を見た気がした。
「紗季ちゃんと一緒に来て良かったよ。」野村は優しく微笑んだ。「君のおかげで、キャンプの新しい楽しみ方を知ることができた気がする。」
紗季は少し照れくさそうに俯いた。彼女の心の中で、野村に対する印象が少しずつ変わり始めていた。
夜が更けてきたので、二人はテントに戻ることにした。就寝準備を整えながら、野村が言った。
「ねえ、紗季ちゃん。明日は湖でカヌーをしてみない?二人で漕ぐやつだよ。」
紗季は少し躊躇した。彼女はカヌーの経験がなかったからだ。
野村はそんな紗季の様子を察したようで、「大丈夫、僕が教えるから。怖くないよ。」と優しく言った。
紗季は少し考えてから、小さく頷いた。「はい...やってみます。」
「やった!」野村は嬉しそうに声を上げた。「絶対楽しいよ。紗季ちゃんときっと良いコンビになれると思う。」
紗季は少し緊張しながらも、期待に胸を膨らませていた。
翌朝、二人は早起きしてカヌー体験に向かった。朝もやに包まれた支笏湖は神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「わぁ、幻想的だね。」野村が感嘆の声を上げた。
紗季も同意するように頷いた。彼女も朝の支笏湖の美しさに心を奪われていた。
カヌーに乗り込む前、野村は丁寧に紗季にパドルの使い方や注意点を説明した。紗季は真剣な表情で野村の説明を聞いていた。
「よし、じゃあ乗ってみよう。」野村が声をかけた。
二人でカヌーに乗り込むと、最初は少しバランスが取れずに揺れた。紗季は少し怖がったが、野村の「大丈夫、落ち着いて」という声に安心感を覚えた。
少しずつパドルを漕ぎ始めると、カヌーはゆっくりと前に進み始めた。
「すごい、紗季ちゃん!上手だよ!」野村が後ろから声をかけた。
紗季は少し嬉しくなって、黙々とパドルを漕ぎ続けた。
湖面は鏡のように滑らかで、パドルを漕ぐ音以外は静寂に包まれていた。二人は無言のまま、ゆっくりと湖の中央へと進んでいった。
しばらくして、野村が静かに話し始めた。「ねえ、紗季ちゃん。こんな風に静かに自然を感じるのって、本当に素晴らしいね。」
紗季は少し驚いて振り返った。野村の表情は穏やかで、真剣だった。
「うん...」紗季は小さく答えた。
「君と一緒にキャンプをして、いろんなことに気づかされるよ。」野村は続けた。「騒ぐだけが楽しいんじゃなくて、こうやって静かに過ごすのも素敵だって。」
紗季は黙って聞いていたが、心の中で野村の言葉に共感していた。彼女も、野村と一緒にいることで新しい発見があることに気づいていた。
カヌーは静かに湖面を滑り、二人は朝日に照らされた支笏湖の絶景を堪能した。時折、野村が湖や周囲の山々について説明してくれたが、それ以外はほとんど無言だった。しかし、その沈黙は決して居心地の悪いものではなく、むしろ二人の間に静かな理解が生まれているようだった。
岸に戻ってきたとき、紗季は少し寂しさを感じていた。カヌーでの時間が、思いのほか心地よかったからだ。
「楽しかったね。」野村が優しく笑いかけた。
紗季は小さく頷いた。「はい...とても。」
その日の午後、二人は支笏湖畔を散策することにした。遊歩道を歩きながら、野村は支笏湖の形成過程や生態系について熱心に説明した。紗季は黙って聞いていたが、時折質問をするようになっていた。
「ねえ、野村さん。」紗季が珍しく自分から話しかけた。「あの鳥は何ですか?」
野村は嬉しそうに答えた。「あれはオオハクチョウだよ。冬になると、シベリアから渡ってくるんだ。」
紗季は興味深そうに頷いた。彼女の中で、少しずつ自然に対する好奇心が膨らんでいるようだった。
夕方、二人はキャンプ場に戻ってきた。野村が夕食の準備を始める中、紗季は静かに日記を書いていた。
「今日は楽しかった。野村さんと一緒だと、いつもと違う景色が見えるような気がする。」
紗季は自分の気持ちの変化に少し戸惑いながらも、それを素直に受け入れようとしていた。
夕食後、二人は再び湖畔に座って星空を眺めた。