キャンプ小説

①『静かな炎 〜無口な女子と騒がしい芸人の日本縦断キャンプ旅〜』キャンプの季節 - 奇妙な出会い

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つりきち

幼い頃に家族で毎年、夏休みに1週間キャンプ旅行をしていました。その頃の楽しかったことを思い出しキャンプを2021年 より再開。 月に2~3回ほど、デイキャンプ。 キャンプ、本について書いていきます。

①『静かな炎 〜無口な女子と騒がしい芸人の日本縦断キャンプ旅〜』

## キャンプの季節 - 奇妙な出会い

### 春の公園にて

春の柔らかな日差しが東京の街を優しく包み込む4月のある日、都内の小さな公園で、一人の女子大生が静かにベンチに腰掛けていた。向井紗季、21歳。彼女は周囲の喧騒を気にすることなく、膝の上に広げた本に没頭していていた。

紗季は、いわゆる「無口な女子」の典型だった。長い黒髪を後ろで一つに束ね、シンプルな白のブラウスとデニムを身にまとっている。大きな黒縁メガネの奥には、知的な輝きを湛えた瞳が覗いていた。

彼女の性格は内向的で、人と話すことを極力避けるタイプだった。大学でもクラスメイトとほとんど会話を交わすことはなく、休み時間は一人で図書館に籠もることが多かった。しかし、そんな彼女にも密かな趣味があった。それは、キャンプだった。

紗季の手元には、最新のキャンプガイドブックが開かれていた。ページをめくるたびに、彼女の表情がわずかに和らぐ。自然の中で一人静かに過ごす時間は、彼女にとって何よりも大切なものだった。

### 突然の騒動

そんな平和な午後のひとときを、突如として大きな叫び声が破った。

「やったー!キャンプの季節がやってきたぞー!」

紗季は驚いて顔を上げた。公園の入り口から、派手な衣装を着た男性が飛び跳ねるように走ってきたのだ。

その男性は、誰もが知る人気お笑い芸人の野村ヒロトだった。テレビでおなじみの顔だが、こんな近くで見るのは初めてだった。野村は派手な黄色のジャケットに赤いパンツという出で立ちで、まるでピエロのように目立っていた。

「春だ!自然だ!キャンプだ!」野村は公園中を駆け回りながら叫び続けた。「みんな!キャンプに行こうぜー!」

公園にいた人々は、有名人の突然の出現に驚きつつも、その奇抜な行動に苦笑いを浮かべていた。子供たちは興奮して野村の周りに集まり始めた。

一方、紗季は困惑の表情を浮かべながら、再び本に目を落とそうとした。しかし、野村の騒ぎは収まる気配がなかった。

### 予期せぬ出会い

やがて、野村は紗季の前で立ち止まった。

「おや、君もキャンプ好き?その本、キャンプガイドじゃないか!」

紗季は驚いて顔を上げた。野村が彼女の前に立ち、にっこりと笑っている。紗季は無言で小さく頷いた。

「すごい偶然だね!僕もキャンプ大好きなんだ!」野村は興奮気味に話し続けた。「どんなキャンプが好き?ソロ?グループ?車中泊?」

紗季は戸惑いながらも、小さな声で「ソロ...」と答えた。

「へぇ〜!ソロキャンプか!渋いねぇ!」野村は感心したように言った。「僕はね、みんなでわいわいするのが好きなんだ。でもソロも憧れるんだよね。」

紗季は黙ってうなずくだけだった。彼女は早くこの状況から逃れたいと思っていた。

### 突拍子もない提案

しかし、野村の興奮は収まるどころか、さらに高まっていった。

「よっしゃ!決まりだ!」突然、野村が大声で叫んだ。

紗季は驚いて体を硬くした。何が決まったというのだろう。

「君と一緒に日本全国のキャンプ場を巡る旅に出よう!」

紗季は目を丸くした。何を言っているのだろう、この人は。彼女は困惑の表情を隠せなかった。

「ねえねえ、どうかな?」野村は期待に満ちた目で紗季を見つめた。「君みたいなソロキャンパーと、僕みたいなグループキャンパーが一緒に旅をしたら、きっと面白いことになるよ!」

紗季は首を横に振ろうとした。しかし、野村の熱意に圧倒され、言葉が出てこなかった。

「大丈夫、大丈夫!」野村は紗季の戸惑いを気にせず話し続けた。「僕が全部段取りするから!君は来るだけでいいんだ!」

紗季は困惑しながらも、野村の熱意に少しずつ押されていった。彼女の心の中で、小さな好奇心が芽生え始めていた。

### 心の葛藤

紗季の頭の中は混乱していた。彼女はソロキャンプが好きだった。一人で静かに自然を楽しむことが、彼女にとっての至福の時間だった。しかし、同時に彼女の心の奥底では、誰かと一緒に旅をしてみたいという小さな願望もあった。

野村は紗季の沈黙を物ともせず、どんどん話を進めていった。

「ねえ、どうかな?日本中のキャンプ場を巡るんだよ?北は北海道から南は沖縄まで!」野村の目は輝いていた。「君の知らないキャンプ場もたくさんあるはずだよ!」

紗季は黙ったまま、野村の話を聞いていた。確かに、日本中のキャンプ場を巡るというのは魅力的だった。彼女がまだ行ったことのない場所もたくさんあるはずだ。

「それに、僕と一緒なら安全だよ!」野村は胸を張った。「キャンプの経験は豊富だし、もしものときの対処法も知ってるんだ!」

紗季は少し安心した。確かに、見知らぬ土地を一人で旅するのは少し不安だった。経験豊富な人と一緒なら、もしものときも安心かもしれない。

### 決断の時

「どうかな?」野村は再び紗季に尋ねた。「一生に一度のチャンスだよ!」

紗季は深く息を吐いた。彼女の心の中で、葛藤が続いていた。しかし、次第に好奇心が恐れを上回っていった。

そして、ついに紗季は小さく頷いた。

「やったー!」野村は飛び上がって喜んだ。「絶対に楽しい旅になるよ!約束する!」

紗季は小さく微笑んだ。彼女の心の中に、小さな期待が芽生え始めていた。

### 旅の準備

その日から、二人の奇妙な旅の準備が始まった。野村は毎日のように紗季に連絡を取り、旅程や必要な装備について熱心に話し合った。

紗季は最初、野村の熱意に圧倒されていたが、次第に自分の意見も言えるようになっていった。彼女のキャンプに関する知識は野村も驚くほど豊富で、二人で旅の計画を立てていくうちに、お互いを補完し合える関係が築かれていった。

「ねえ、紗季ちゃん。」ある日、野村が言った。「君とこうして話していると、本当に楽しい旅になる気がするよ。」

紗季は少し照れくさそうに頷いた。彼女も同じように感じ始めていた。

### 出発の日

そして、ついに出発の日がやってきた。東京駅に集合した二人は、まるで正反対の出で立ちだった。

野村は相変わらず派手な服装で、大きなリュックを背負っていた。一方、紗季はシンプルな服装で、コンパクトなバックパックを持っていた。

「さあ、行こう!」野村は元気よく叫んだ。「日本縦断キャンプの旅の始まりだ!」

紗季は小さく頷いた。彼女の表情には、不安と期待が入り混じっていた。

二人が新幹線に乗り込むと、野村は窓の外を指さした。

「見て、紗季ちゃん。僕たちの冒険が始まるよ。」

紗季は窓の外を見た。朝日に照らされた街並みが、徐々に遠ざかっていく。彼女の心の中で、小さな期待が大きく膨らみ始めていた。

こうして、騒がしいお笑い芸人と無口な女子の、奇妙で素晴らしい旅が始まった。彼らはこれから、日本中のキャンプ場を巡り、たくさんの経験を積み、そして少しずつ互いを理解していくことになる。

その旅が彼らにどんな変化をもたらすのか、誰にも分からない。しかし、一つだけ確かなことがあった。この旅は、彼らの人生を大きく変えるものになるということだ。

新幹線が東京駅を出発し、二人の冒険が本格的に始まった。紗季は静かに深呼吸をした。彼女の心の中で、小さな勇気が芽生え始めていた。これから始まる未知の冒険に、彼女は密かにわくわくしていた。

野村は窓の外を眺めながら、楽しそうにキャンプの話を続けていた。紗季は黙って聞いていたが、時々小さく頷いていた。二人の間には、まだぎこちなさが残っていたが、同時に不思議な親近感も生まれ始めていた。

列車が進むにつれ、街の風景は徐々に自然豊かな景色に変わっていった。紗季は窓の外を見ながら、これから始まる旅に思いを馳せた。彼女の無口な性格は変わらないかもしれない。しかし、この旅を通じて、少しずつ自分を表現できるようになるかもしれない。そんな小さな希望が、彼女の心の中で静かに芽生えていた。

一方、野村は相変わらず元気いっぱいだった。しかし、彼の中にも少しずつ変化が起きていた。紗季との会話を通じて、彼は自分のペースを少し抑え、相手の気持ちを考えるようになっていた。この旅は、彼にとっても新しい発見の連続になりそうだった。

新幹線は高速で景色を変えながら、二人を最初の目的地へと運んでいった。彼らの前には、未知の冒険が広がっていた。そして、その冒険は彼らに多くのことを教えてくれるはずだった。

自然の中で過ごす時間、新しい場所での経験、そして何より、お互いを理解し合うプロセス。これらすべてが、彼らの人生に新しい色を加えていくことだろう。

紗季は静かに目を閉じた。彼女の心の中で、小さな期待が大きく膨らんでいった。この旅が終わるとき、彼女はどんな自分に出会えるのだろうか。そして、野村との関係はどのように変化しているのだろうか。

未知の冒険への期待と不安が入り混じる中、新幹線は二人を乗せて走り続けた。彼らの日本縦断キャンプの旅は、まだ始まったばかりだった。

 

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